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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)7259号 判決 1956年9月07日

原告 四本ツネ

被告 東京急行電鉄株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告が別紙<省略>目録記載の土地の内、その西北側を走る通称八景坂通に接する境界線の北端を(A)点とし、これから東京都大田区新井宿一丁目二千三百四十一番地の七の土地との東北側境界線に沿つて二十米三十六糎進んだ地点を(B)点とし、右(A)、(B)各点を結ぶ直線(右境界線)の西南においてこれと七十二糎の距離を以て平行する直線が八景坂に接する境界線と交わる地点を(D)点、同所同番地の七の土地との東南側境界線と交わる地点を(C)点とし、以上(A)、(B)、(C)、(D)及び(A)の各点を順次連結する直線で囲まれた部分約四坪五合(別紙略図参照。朱斜線を施した部分)に対し通行権を有することを確認する。被告は原告に対し右約四坪五合の土地を明渡すべし。訴訟費用は被告の負担とする」との判決竝びに土地引渡の部分につき仮執行の宣言を求めその請求の原因として、

(一)、東京都大田区新井宿一丁目二千三百四十一番地の七の土地(以下(甲)地と仮称する)は原告の所有であるがその内西北の部分は長二十米三十六糎、幅二米十八糎の帯状をなして八景坂通に通じている。しかして(甲)地の周囲は右帯状の部分が八景坂通に接する箇所を除きすべて他の所有地に囲繞されている。(別紙略図参照)

(二)、原告は(甲)地の地上に木造瓦葺平家建店舗一棟建坪三十坪を所有してダンス教習所に使用するとともに(甲)地の前記帯状の部分を路地に使用しているものであるが右建物が手狭なのでその東南側に接する箇所に建坪三十坪の増築を計画した。(別紙略図参照)

(三)、しかるに東京都建築安全条例によれば長二十米以上三十米未満の通路のみによつて公路に通じる土地には右通路の幅員が三米以上なければ建築を許可しない旨の規定が存するため原告の前記増築は許可にならないことが明らかであるのみならず既設の前記建物も右条例に違反しているわけである。

(四)、従つて(甲)地はその形状等からみて宅地としては一種の袋地に当るから原告は(甲)地を用法に従つて利用するためその所有権に基き前記路地に加えてこれに隣接する別紙目録記載の被告所有地(以下(乙)地と仮称する)の内(乙)地のため損害の最も少い場所たる請求の趣旨掲記の部分を通行する権利を有する。

(五)、もつとも民法第二百十条の規定はその文辞からみると公路に通じることが全く不可能である場合もしくはこれと同視すべき場合にのみ囲繞地通行権を与えるもののようであるが右規定を設けた制度の目的は土地利用の調節を計るにあるのであるからたとえ人の通行し得る径路が公路に通じていても該径路がその土地の位置、形状、面積等との関係においてこれを用法に従つて利用するため不十分な場合にも囲繞地通行権を認める趣旨に解すべきである。

(六)、よつて原告は被告に対し本件土地に対する通行権の確認竝びに右土地の引渡を求めるものである。

と述べ、

(七)、被告は(乙)地を自動車折返の操作に使用する必要上本件土地に通行権を認め難い旨を主張するが本件土地に通行権を認めても(乙)地を自動車の折返に利用するのになんら支障を来すものでないのみならず本件土地と(甲)地の路地の部分との間に設置された木柵を撤去して本件土地を通行の用に供すれば被告としても右路地を操車の用に供することが可能となる関係上かえつて便益を得結局(甲)、(乙)両地の利用が調節されることになる。仮にそうでないとしても被告が(甲)地の利用価値を全く滅却せしめる方法で(乙)地を利用することは許されない。いづれにしても被告は(甲)地の隣地所有者として本件土地の通行を忍受すべきである。まして東京都内においては宅地を高度に利用する必要があることに鑑みれば本件土地に通行権を認めることが最も望ましいと附陳した。<立証省略>

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実中(甲)地の西北部分が帯状をなして八景坂通に通じ路地として使用されていること、(乙)地が被告の所有であることは認めるが(甲)地が一種の袋地であることは否認する。(甲)地が袋地でないことは原告主張自体で明らかである。その余の原告主張事実は不知。仮に原告主張(二)、(三)の事実が存したとしても右路地は人の通行するのに十分であつて(甲)地に存在する原告主張の既設建物を使用するのになんら支障がなく右建物を増築すると謂うようなことは全く原告の個人的必要にすぎないから(乙)地に囲繞地通行権を認むべき法律上の根拠はない。のみならず(乙)地は被告において自動車運輸業のため自動車折返の操車場として使用しているものであつて事業遂行上不可缺の用地であり現状でもなお狭隘を感じている有様であるからこれに囲繞地通行権を認めると自動車運輸の保安を害し事業の遂行に支障を来すことになる。従つて原告の請求は全く失当であると述べた。<立証省略>

理由

(甲)地の西北部分が帯状をなして通称八景坂通に通じ路地として使用されていることは当事者間に争がなく検証竝びに原告本人尋問の各結果によれば右路地は長二十米三十六糎、幅二米十六糎(但しその東北側隣地の一部を加えると二米四十糎になる)であること、しかして(甲)地の周囲は右路地の西北端が右幅員を以て八景坂通に接する箇所を除けばすべて他の所有地に囲繞され又その内部は二箇所に存する崖を以て三段階をなしながら東南に向つて低下し鉄道用地に続いていること、次に(乙)地はその東北側を(甲)地の前記路地に、東南側を(甲)地の右路地を除く部分の西北側に各接するとともに西北側十四米二十五糎の間を八景坂通に接していることが認められる。(別紙略図参照)しかして(甲)地が原告の所有であることは原告本人尋問の結果によつてこれを認め得べく(乙)地が被告の所有であることは当事者間に争がない。

ところで原告は(甲)地の路地部分の幅員が不足するため(甲)地の地上に存在する既設建物は東京都建築安全条例に違反する建築であり右建物を増築することはなおさら許可されないことが明らかであるから(甲)地は宅地としては一種の袋地に当る故原告は(甲)地を用法に従つて利用するためその所有権に基き前記路地に加えて隣接する(乙)地を通行する権利を有する旨主張するから考えてみると、成立に争のない甲第一号証、証人篠原幸吉の証言、原告本人尋問の結果竝びにこれにより真正に成立したものと認める甲第二号証の一、二、検証の結果を綜合すれば原告は(甲)地の内前記路地と同一の平面をなす部分に木造平家建店舗一棟建坪三十坪を所有し(もつともその一部は東南低地の部分に突出し該突出部分は柱で支えられている)ダンス教習所に使用しているものであるが(甲)地の右使用状況においては前記路地は十分通行の用に足りあえて隣地を通行する必要はないこと、しかるに原告は右低地部の内右既設建物の床下に当る部分竝びにその東南側に接する三十坪の部分に二階が右建物と同一の平面をなし且つ一階が右二階の下部竝びに右既設建物の床下に収まるような構造を有する建坪四十一坪二合五勺、二階三十坪のダンス教習所(二階)兼アパート(一階)を増築すべく計画し昭和三十年七月八日東京都建築主事に対し建築基準法第六条に基き建築基準適合確認の申請をなしたところ都建築主事はその敷地と道路との関係が建築基準に適合しないと認め一応右確認を保留するとともに同年十二月一日東京都建築局指導課の名で右確認をなすには前記路地を拡張することを要する旨の通告をなしたこと、しかして右建築基準不適合の理由は建築基準法第四十三条に基く東京都建築安全条例第三条に本件のように建築物の敷地が長二十米以上三十米未満の路地を経て公路に接する場合には路地の幅員が三米以上あることを要する旨規定され右増築が右規定に牴触すると謂うにあつたこと、すなわち前記路地は原告計画のような建築物を建築するには建築基準法第四十三条及びこれに基く東京都建築安全条例第三条の規定が存する関係上幅員に少くとも六十糎の不足があるものであることが認められる。もつとも原告はこれに加えて前記既設建物も前記安全条例に違反する建築物である旨を主張するが証人藤原幸吉の証言竝びに弁論の全趣旨によれば右建物はその建築当時(乙)地が空地であつた関係上災害の避難竝びに通行の安全に支障がないものと認められ建築基準適合の確認を受けたものであることを窺うことができるから右建築を以て右安全条例従つて建築基準法に違反するものとは目し得ない。唯(乙)地が空地でなくなる等周囲の状況により建築基準に適合しなくなり且つ公益上著しく支障があると認められるに至つた場合において建築基準法第十一条の措置を命ぜられることがあるにすぎない。従つてこの点の原告の主張は理由がない。そうしてみると(甲)地の現在における利用状況ではその所有者に(乙)地に対する囲繞地通行権を認むべき謂れがないことは明らかである。従つて問題は結局(甲)地を更に高度に利用して既設建物を増築せんとするうえにおいてその路地の部分が建築基準法の要求する幅員を缺くと謂うだけで(甲)地を少くとも相対的意味において袋地と謂い得るか否かに帰着する。惟うに民法第二百十条の規定を設けた制度の目的が土地利用の調節を計るにあることは謂うまでもないから右規定は公路に通じることが全く不可能な場合もしくはこれと同視すべき場合にのみ囲繞地通行権を認める趣旨ではなくたとえ人の通行し得る径路が公路に通じていても該径路がその土地の位置、形状等との関係においてこれを用法に従つて利用するため十分でない場合にも囲繞地通行権を認める趣旨に解すべきことはまことに原告所論のとおりである。しかしながらある土地がその位置、形状の関係上災害の避難竝びに通行の安全の見地から建築基準法第四十三条及びこれに基く東京都建築安全条例所定の制限を超える建築物の建築を許されない場合においてはその土地はこれを宅地たる使用目的に供するにつき公益上用法の制限を受けているわけであつて欲するに委せていかなる建築物を建築所有しても妨げないものではない。換言すればこれを宅地として使用する限り右制限に反しない方法で使用してこそ始めて用法に従うものと謂うことができるのである。従つてその土地をかような用法により利用してもなお且つ公路に通じる径路が十分でない場合にのみ囲繞地通行権を認めるのが相当であると解する。本件についてこれをみれば原告が(甲)地の地上に計画した増築が建築基準法第四十三条及びこれに基く東京都建築安全条例第三条所定の建築基準に適合しないことは前記のとおりであるから右建築工事は建築基準法第六条第一項第五項によりこれをなすことが許されない。従つて(甲)地において右計画を実現することはこれを用法に従い利用するものと謂うことができずこれがために(乙)地に対する通行権を認めることが当を得ないことは明らかである。すなわち(甲)地は相対的な意味においても袋地と謂うを得ない。

そうだとすれば(甲)地が一種の袋地であることを前提とする原告の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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